COLUMN ノバルティスファーマ内海氏講演まとめ~患者中心のデジタルイノベーションの取り組みと未来~

「患者向けデジタルイノベーション」をテーマに2022年2月25日にノバルティスファーマ株式会社デジタルイノベーショングループマネージャーの内海雄介氏を招いたオンラインセミナーを実施しました。この記事では、「患者中心のデジタルイノベーションの取り組みと未来」と題した講演内容をまとめます。

製薬企業における患者向け施策の意味合い

なぜ患者施策の重要性が高まるのか?

医薬品の市場構成としては、高血圧や高脂血症の生活習慣病関連のプライマリー製品の治療薬が中心だった傾向から、直近では抗がん剤等のスペシャリティ製品が大きく売り上げを伸ばし、シェアで最大となってきています。こうした市場構成の変化が、特に受診・診断率を上げる疾患啓発や、処方の継続率を高めるための患者の理解を深めていくことの重要性を押し上げています。ビジネスの成功要因が医師の説得から、患者の行動変化を促す部分にシフトしつつあるとも言えるでしょう。

患者行動管理の重要性

早死の要因を分析したNEJMの論文によると、早死の要因には、「患者自身の行動」、「医療制度の質」、「遺伝的要因」、「社会的要因」、「環境要因」とあります。コントロール可能な領域である中でも、「患者自身の行動」が早死の要因の約40%を占めています。患者さんの行動変容を促すことは、アウトカム向上のためにも重要とも言えそうです。

LINEアプリの可能性

患者の行動管理を捕捉するためのアプリを企画していく上で、MMD総研の調査結果を参考にすると、単独のヘルスケアアプリ(スマホネイティブアプリ)は、50代~70代の利用率が14%と低い一方、LINEは82%と高い利用率となっています。日本においては、LINEが幅広い世代で最も利用されているアプリであり、幅広い患者さんを支えるためのユーザー接点として最有力候補の一つと見て間違いないでしょう。

ヘルスケア業界におけるデジタルイノベーション

患者中心のイノベーションとは何か?

Brand GeneticsのTen Types of Innovationによると、イノベーションには製品そのもののイノベーションだけではなく、

  1. ビジネスモデルのイノベーション
  2. 協業相手を構築するネットワークイノベーション
  3. 経営資産を活用するストラクチャーイノベーション
  4. プロセスを最適化するプロセスイノベーション
  5. プロダクトに関連する価値を最大化するプロダクトパフォーマンスイノベーション
  6. 補完する製品を追加していくプロダクトシステムイノベーション
  7. 製品に関連するサービスを提供するサービスイノベーション
  8. 販売チャネルを見直すチャネルイノベーション
  9. ブランドの切り口を再考するブランドイノベーション
  10. 顧客との関係を強化するカスタマーエンゲージメントイノベーション

の10種類のアプローチがあり、その中でも7.10.は、ユーザーの体験に係るものです。

こうしたイノベーションの種類を踏まえると、患者中心のイノベーションとは、薬剤の製品価値を超えた患者体験価値の向上を真剣に考えていくことだと考えています。

患者体験価値を考える上で、「アフターデジタル(日経BP社)」という書籍は参考になりました。この本の中で紹介されていた中国の平安保険グループは、世界最大の保険会社の一つですが、「ユーザーに対して提供できる価値は何か?」という問いを根本から問い直し、フィンテック・ヘルステックを対象とした10億ドルのファンド運営や、遠隔医療サービスから家計簿アプリまで展開したり、営業マンが顧客との契約時にアプリ導入をサポートするなど、様々な新しい取り組みをしています。今まで契約時と保険金請求時の2点のみの付き合いだった顧客の関係が、アプリで常時繋がり、データで顧客ニーズを理解し、様々なサービスでユーザーの体験価値を高めるようになったのです。

また、Netflixのフィットネス版とも言われているPelotonというサービスは、人気インストラクターによる数万本の動画コンテンツを揃えた上でのリコメンド機能や、リアルイベントの企画を通じて体験価値を向上させ、20万円超のバイク購入、月額39ドルという決して安くない利用料ながらも解約率0.7%という高い継続率を維持しています。こちらの企業も中心にあるのはデータであり、顧客理解に基づくサービス提案を通じた体験価値の向上です。

ヘルスケア × デジタルのイノベーション創出要件

こうしたイノベーションの考え方を踏まえて、製薬業界におけるデジタルのイノベーション創出要件を考えてみますと、1.データを中心に2.患者さんの課題を正しく捉える問題解決力3.疾患や治療に対するメディカルな知見4.新しいテクノロジーの理解や取り入れる柔軟性、そして5.人間中心のデザイン・シンキングの5つが重要な要素だと整理しています。

ユーザーに使っていただけるサービス作りの観点では、特に患者さんという病気を抱えている状態という一部分ではなく、人の人生全体の体験価値を向上させていくという人間中心の考え方を意識しています。その意味では、本日の主題でもある「ペイシェントジャーニー」という言葉自体もユーザーを人ではなく「患者」として捉え、治療の開始から継続するまで、という一部分だけを切り取って見ている時点で間違ったフレームなのではないか、という議論をチームメンバーとしたこともありました。

オープンイノベーションの発想

ただし、製薬企業でこの要件を満たそうとすると、データは安全性情報や個人情報の観点で安易には収集できないですし、新しいテクノロジーを取り入れようにも満たすべきインフラセキュリティ要件は厳しく、人間中心のデザインもスキルの問題であったり、サービスの更新を妨げる審査の負担があったりといった部分がイノベーションを推進する障壁となってきます。

この満たすのが難しいデータ、テクノロジー、デザイン面を補完すべく外部のパートナーと協業していくオープンイノベーションの発想がひとつの解決策になると見ています。

イノベーションの実現に向けて

「患者インサイト」の重要性

人を動かす」というマーケティングの目的を達成するためには、対象者の潜在意識にあるインサイトを見つけ、働きかけることが重要です。「『心』が分かるとモノが売れる(日経BP)」という書籍によると、人は驚くほど 論理的・合理的な行動を取っておらず、インタビュー等では論理的に説明しようとするバイアスが働くが、真意とは異なる場合が多いということです。また、脳科学によると、人間の思考や行動は5%の顕在意識と、95%の潜在意識からなるとのことです。つまり、人間は自分の行動を分かっていない上に、行動の背景にあるものは潜在意識なので、リサーチ結果だけをそのまま鵜呑みにして、大切な95%を見落して施策を組み立てるのではなく、潜在意識の部分もしっかりと意識して成功確度を高めよう、という考え方です。

インサイト発見の切り口

インサイトとは、意識下で確認出来る現象や行動の下にあるものという意識で探る姿勢が重要です。無意識の中でも、妄想や願望と現実とのギャップ、ジレンマの周辺にいることが多いという説もあるようです。

インサイト発見の切り口としては、言語化された事象の裏にある「不安」や「ジレンマ」を探る意識が大切で、「でも本当は?」という無意識のうちに行動している本質をあぶりだす意識を持つことが重要です。社内のワークショップでは行儀の良い雰囲気で優等生的な意見しか挙がってこなかったりするのも注意が必要です。人間のダークサイドにインサイトが眠っているというエキスパートの話も伺いました。

みまもりあ@LINEヘルスケア

ヘルスケア×イノベーションの取り組みや、本質的な患者インサイトを理解する重要性を踏まえながら、ノバルティスファーマのデジタルイノベーショングループが関わったLINEヘルスケア社の「みまもりあ@LINEヘルスケア」のサービスを紹介します。

このサービスは、「親の健康は心配だけどなかなか聞きづらいケアギバーの子ども世代」、「子どもに迷惑かけたくない、そんな気持ちを持つ親」に対して、LINEでかんたんに家族の健康が見守れるサービスとなっています。まずは、LINEグループを作成し、追加したいメンバーとみまもりあ@LINEヘルスケアを友達登録します。そして、健康記録のプロフィール情報を登録し、メンバー内で状態を共有するという仕組みになっています。

特に意識したのは、患者インサイトの深い理解チームメンバーのリテラシーを揃えていくための教育や研修パートナー企業との協力関係を強固にするための信頼関係構築です。

患者インサイトを深く知るためには、消費財のマーケティングに携わっている外部の専門家を招いてレクチャーしてもらい、何度も患者さんの本音を深掘りました。

同時に質の高い議論をするためには知識レベルや思考のフレームを揃えることが重要です。先ほどの「『心』が分かるとモノが売れる(日経BP)」という書籍をチームの必読書にして、読書会を行い、使う用語の意味合いに齟齬が生じないように議論のベースを作りました。

チーム全体の研修としては、1.5か月に1回程度は外部の各分野のエキスパートを招いた「ゼミ」を開催していました。ただ漫然と講義のインプットを受けるだけの「講演」ではなく、少人数で議論を交わすことが学びを深める上で重要です。

そして、全ての大前提として常に全員の好奇心が刺激される環境を作り上げることが重要だと考えています。例えば、チームチャット内で私自身も積極的に興味深い情報を日々共有し、面白いアイデアが飛び交い、そして他人のアイデアを面白がる雰囲気作りを意識していました。「好奇心」はノバルティスが最も重視している価値観の一つであり、学習する強い組織を作っていく上でとても重要な要素だと思っています。

また、このようなデジタルサービスを進めていく上では、外部パートナーとの良好な協力関係が不可欠です。サービスリリースまでの工程だけでなく、リリース後の運用に渡って中長期的に付き合う大事な存在です。同じ目線で、より良いサービスを作り上げられるように、両社ともに高いレベルでモチベーションを維持できているかは意識していました。仕事が忙しかったり、社内で強いプレッシャーを受けていたりするとつい取引先にきつく当たってしまうような方がたまにいますが、そのような態度と関係性からは決して120点のサービスは生まれないと思っていて、チームでも気を付けるようにしています。最近流行りの心理的安全性の考え方ですね。

実際、サービスリリース後1年半で10数回に渡ってアップデートを行ったのですが、この類を見ないサービス改善は担当者の頑張りと両社の良好な関係の賜物だと思っています。1年半で見違えるような内容になりました。

Q&Aとアフタートークセッションより

患者インサイトをどのようにチームで掘り下げていくのでしょうか?こうすればインサイトが特定できる、といったコツのようなものはありますか?

外部の専門家によると、インサイトが分かる成功の方程式というものは無いということです。そのため、議論を何度も重ねていく中でチーム内で「はっ」と腹落ちする瞬間がその時だと言っていました。残念ながら決定打はないようですが、逆に言えば、一朝一夕に出来ないものだからこそ、その力を高めれば他社に簡単には真似の出来ない組織能力になると思っています。

最終的には、プロダクトオーナーの情熱の持ちようが大事だとも考えていたので、最終的な判断には一番考えている当人の意向を重視しました。「偉い人が決める」ではなく。

患者向けの取り組みに対しての効果測定はどのように考えていますか?

患者インサイトとセットで考えていて、「効果」はあくまでも患者さんの課題と、対応する目的に基づいて設定して見ていくことがまずは大事だと思います(例えば疾患への理解や、治療継続の意識への高まり)。ユーザー数などモニタリングするべき指標は見ていきますが、そもそも何のためのサービスであるかを常に意識するようにしています。

もう一つはデジタル施策は計測可能性が高いが故に、計測された数値に注目しがちです。計測した数字だけを集計すると、本来の価値を過少評価している可能性があるので、副次的な効果なども含めて価値を大きく捉えることが重要だと考えています。

チームリーダーとして意識していることはありますか?

自分自身が新しいことや面白いことを面白がってチームを刺激することと、チーム全体の心理的安全性という視点が大事だと考えていて、メンバー全員が積極的に学び、安心して情報を発信できるような環境作りを心掛けています。組織の中で一番新しい方や経験や年次が浅い方がたくさん発信しているような組織は良い組織だと思います。

社内でこのようなデジタルプロジェクト予算を確保する上で気を付けるべき点はありますか?

サービスを開発してリリースすれば終わりではなく、むしろその後の運用をしながら定期的に改修・改善を重ねていくことがデジタルサービスではとても大事だと思います。その点からも予算を確保する際には、中長期的な運用の重要性を当初から盛り込んだ予算確保が大事だと思います。また、サービスを継続していくことで蓄積されてくる患者ユーザー数や、価値のあるコンテンツを積み上げていくことで集められるアクセス数という将来的な資産に繋がることも大事な視点ですね。蓄積資産によって投資効率も継続することで改善されていくはずです。

デジタルグループは、多くの部署と連携して仕事すると思いますが、どのような点に気を付けていますか?

製品マーケティングチームやコンプライアンス部門など様々な部門と連携しますが、要件が固まってからの仕事になると、どうしても自由度が少ないため、要件が固まる前の段階で課題をともに掘り下げていく段階から一緒にプロジェクトを進めることが大事なことだと感じています。そのためにも日々、気軽に相談できる、してもらえる信頼関係を社内で築いていくことを意識しています。

その他、細かい話ですが社内の関係部署との連携の際には、社内の手順書等を事前に読み込んで、しっかり準備するような行動を積み重ねて信頼関係を築いていくことが重要だと思っています。第一印象を覆すのが難しいという意味では、最初が肝心かなとも思います。

今後の理想のサービス展開のイメージはありますか?

いちアプリを超えて、患者さんに対する「体験価値の向上」が科学的に証明されるエビデンスが構築されると良いなと思っています。エビデンスが構築されることで、医療従事者が根拠を以てデジタルサービスを患者さんに勧めるようになる。MRは患者理解に基づいた提案を医療従事者に出来るようになる。データがさらに蓄積され、メディカルチームは新たなエビデンスを創出する。そのような循環で処方薬単独の場合よりも患者さんのアウトカムが良くなり、生活の質が高まる。そうなれば、まさに医薬品単独の治療を超えたBeyond the pillの世界が実現できるはずです。

投稿日:2022年03月02日

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