株式会社メディウィルでは、中外製薬株式会社 渉外調査部 パブリックアフェアーズグループ グループマネジャーの山瀬博之氏を招いたオンラインセミナー「患者団体との協働~対話が拓く医療の未来~」を2025年3月27日に開催しました。本記事では当日の講演内容をご紹介します。
この記事は以下のような方々におすすめです
- 製薬企業が取り組む患者団体との協働の現状を知りたい
- 患者団体との協働について、自社の取り組みの参考にしたい
- 患者団体との協働をはじめとした業界動向に興味がある
目次
はじめに
山瀬:中外製薬株式会社渉外調査部パブリックアフェアーズグループでマネジャーを務めます山瀬と申します。本日のタイトル「患者団体との協働~対話が拓く医療の未来~」にもありますように、私たちのグループでは主に患者団体との協働を進めています。過去から現在に至るまでどのような活動を進めてきたのか共有しますので、みなさんのご参考になれば幸いです。
本日のアジェンダは以下の通りです。
- 患者団体との協働における目指す姿と3本柱
- 患者団体×CEOダイアログ、抽出した課題への取組み
- PHARMONY DAYとPHRMONY ONEのご紹介
3で示している「PHARMONY(ファーモニー)」という言葉は造語なので、のちほど意味や詳細についてもご説明します。
1.患者団体との協働における目指す姿と3本柱
中外製薬のミッションステートメント(企業理念)の価値観(Core Values)は2019年に刷新され、「患者中心」、「フロンティア精神」、「誠実」の3つになりました。最上位に「患者中心」を据えることで会社として「患者さん一人ひとりの健康と幸せを最優先に考えます」と宣言し、社内のいろいろな部署の方々がこの価値観に沿って行動を開始しました。
この患者中心の価値観のもと、「一人ひとりが最適な治療を選択できる医療」を目指す姿に掲げ、患者団体と協働を推進しています。これを支える3本柱はすべて先頭に「患者さん」という言葉をつけた、「患者さんにとっての製品価値最大化」、「患者さんのリテラシー向上の為の疾患啓発」、「患者さんの医療参画のアドボカシー活動支援」になります。
そして取組みを進めていく上で基本となるのが、「相互理解を促進するためのコミュニケーション」です。どのようにコミュニケーションを図るか、どのように社内の体制を整えていくかを検討した結果、2019年にPatient Communication Specialist(PCS)というポジションを設置しました。
PCS(上図のオレンジ部分)は主な役割として、まず患者団体・患者さんとの対話(①)を行います。その対話からアンケートなどではなかなか見えないさまざまな社会課題を洗い出します(②)。そして抽出した社会課題を社内に提案(③)し、その課題のうち何を最優先に取り組んでいくべきか、何が社会と会社にとって共有価値なのかを特定(④)し、解決策も併せて疾患領域ごとの検討チームの中で検討します(⑤)。解決に向けた取り組みが社内へのアクション(⑥)で足りる場合には、関連部署の方々と一緒に解決に向かって行動し、社外への働きかけが必要な場合には社外へのアクション(⑥)として、いろいろなステークホルダーの方々と対話を重ねて解決策を考えていきます。
※囲み数字は上図に対応しています。
PCSは2024年から名称をPatient Engagement Leader(PEL)へ変更しました。改名の意図には、「PCSがより主体的に活動していく」という思いも含まれています。弊社の最上位の価値観を「患者中心」に据えてから社内のあらゆる部署が患者団体と協働する企画を立案するようになったため、PELはそのような患者協働を推進する役割を担っています(上図オレンジ矢印)。また課題解決に向けて、PELが主体となっていろいろな規制・制度に対し今まで以上に患者団体や行政、アカデミアなどに働きかけるようになりました(上図赤矢印)。
2.患者団体×CEOダイアログ、抽出した課題への取組み
患者中心の価値観やPEL(旧PCS)の設置により個々の取り組みは増えていったものの、“会社事化”(会社として主体的・積極的に捉える)して考えた方が患者協働をより進めやすいと考え、本活動に弊社の経営トップを巻き込んでいきました。そして2020年より毎年実施しているのが、患者団体との「CEOダイアログ」です。その際に抽出した課題とその取り組みについてご紹介します。
参考:Dialogue 患者団体の皆さまとの対話 2020~2021 | 中外製薬株式会社
CEOダイアログを初めて開催した2020年はコロナ禍だったので、当時のCEOである小坂達朗と患者団体の代表の方1名が対面、他団体の代表の方々はオンラインでつないで対話をしました。このダイアログの目的の一つは、中外製薬が改めて患者さんや患者団体と向き合い相互理解を深めていくことでしたが、その中で我々の気づかなかったいろいろな課題が見えてきましたし、対話を通じて先方にも私たちのことをご理解いただけたと感じています。
抽出した課題は大きく8つあります。8つすべてが重要ですが、中でも③創薬に関する研究者との対話の機会創出と④適切な情報へのアクセスの2つは最重要課題であることが両者の共通認識となり、これらの課題を中心に取組むことを決定しました。
③創薬に関する研究者との対話の機会創出
いろいろな薬が開発されるなか、本当の意味で患者さんのニーズにきちんと応えたものを届けるのであれば、なるべく早い段階、特に研究フェーズから声を聞いて反映してほしいと患者さんからご要望があり、この取組みを進めることになりました。
この患者さんやご家族の声を直接聞いて、それを企業活動に反映する取り組みを我々はPHARMONY(ファーモニー)と呼んでいます。PHARMONYはPatientsとPharmaのPと調和を意味するHarmonyをかけ合わせた造語です。
最初は特に創薬研究の段階で患者さんの声を聞く取組みをPHARMONYと呼んでいましたが、他のフェーズでもいろいろな部署が同様の取組みを進めていたので、2023年に再定義し、すべてのプロセス・企業活動で患者さんやご家族の声を直接聞く取組みをPHARMONYとしました。
創薬研究/開発研究のフェーズでは、実際に3つのプロジェクトで患者さんのニーズを直接聞く協働を実施しています。臨床試験フェーズでは同意説明文書やThank you letter、補償関連文書などについて、また販売・育薬フェーズではアプリ開発や薬物投与デバイス、患者さん用資材など、あらゆるところに患者さんやご家族の声を反映していく取組みを進めています。
④適切な情報へのアクセス
ダイアログを通じて「情報アクセスの課題は医薬品へのアクセスと同じぐらい重要だ」というコメントをいただき、またアンケート結果やヒアリング調査などからも同様の指摘が挙がっていることから、我々は非常に重要なことだと認識しています。情報の中でも臨床試験情報へのアクセスは、特に重度な疾患を患った患者さんにとっては重要な視点であると捉えています。臨床試験についてはいろいろな解釈があるかと思いますが、患者さんにとっては治療選択のオプションのひとつと認識されています。
適切な情報へのアクセス向上のために、以下STEP1~3の取組みを進めました。
- STEP1:ダイアログでのコメントを受け、本課題に対して社内で情報提供プロジェクトを立ち上げ、活動を始めました。
- STEP2:臨床試験情報については、個社(中外製薬)の情報だけでなく、患者さんにとって最適な臨床試験情報を届ける環境整備のためいろいろなステークホルダーを巻き込んでいく必要があると判断しました。患者団体(5団体)はもとより、医療者やアカデミアの方々(3施設)、取組みに賛同してくださった他の製薬企業の方々(3社)、オブザーバーとして厚生労働省の方にもご参加いただき、マルチステークホルダーでのワークショップを複数回開催しました。
- STEP3: 2022年のCEOダイアログの中で、CEO奥田修(以下、奥田)が個社の活動という枠組みを超え、「臨床試験情報を考える会(仮)の設立」をNext Actionとして宣言しました。
参考:2022年12月06日|当社CEOとマルチステークホルダーによるダイアログを実施|活動報告|中外製薬
こういった動きを受けて、我々としてはダイアログに参加されている患者団体の方々やSTEP2で一緒に議論した方々も含めて何かできないかと考え、最終的には患者団体の方から業界へ働きかけていただき、「臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会」(通称:創る会)を設立するに至りました。創る会には業界団体や医療者、アカデミア、患者団体、中間組織といったいろいろなステークホルダーの方々が参画されています。
臨床試験情報へアクセスするツールとしては、臨床試験情報の公的なWebサイト(jRCT)がありますが、患者さん向けに作られたものではないため、患者さんからすると非常に見にくくてわかりづらいWebサイトとなっています。また臨床試験を登録する医師にとっても、登録しにくい・操作しにくいといった問題が生じていました。そこで、「jRCTの大規模改修が必要」という話になり、創る会から厚生労働省への要望書が複数回提出され、最終的には大規模改修のための補正予算を獲得するに至りました。これは大きなステップと言えると思います。とはいえWebサイトを改修したからといって、患者さん全員に臨床試験情報が届いているわけではないことも理解していますので、今後もステークホルダーの皆さんによる意見交換を経て、次のステップへ進むことが求められていると思います。
PHARMONY DAYとPHRMONY ONEのご紹介
PHARMONY DAY
次に、社内の取組みをご紹介します。「PHARMONY DAY」は「CHUGAI PHARMONY DAY 2024」の名称で昨年初めて開催しました。先程ご紹介したようにいろいろな部署がさまざまな形でPHARMONY活動に取組んでいますので、本活動をもっと社内に浸透させること、もっと社会に広げるために発信することを目指して開催しました。そのため、当日は中外製薬グループ社員に加え、患者団体や報道関係者の方々もお呼びして開催しました。
主な内容は以下の3つです。
1.患者さんの講演
がん患者さんに、がんと宣告されたときの心境や、その後の経過やどのような気持ちの変化があったのかなどについてご講演いただきました。当事者の生の声に非常に感銘を受けましたし、社員のみならず報道関係者の方々も心に響いたと話されていました。
2.社員による患者団体との協働事例紹介
各部署で実施したPHARMONY活動について発表し、社員同士が刺激し合って、より本活動に取組む機運を高めていきました。
3.患者団体とCEOによるダイアログ
2020年から継続している患者団体とCEOによるダイアログを開催しました。改めて奥田と患者団体の方々の間でそれぞれの思いや相互理解を深める機会になったと思っています。
参考:2024年12月16日|患者さんは「ともに課題解決を行うパートナー」 PHARMONY活動のさらなる発展を目指しCHUGAI PHARMONY DAY 2024を開催|活動報告|中外製薬
PHARMONY ONE
他にも「PHARMONY ONE」という、患者さんと社員が直接対話するイベントも実施しています。PHARMONY ONE のONEには、「PHARMONY活動の第一歩、一体感、共創」という意味が込められています。社員の意識変化・行動変容を促し、患者さんに協働意識を感じたり相互理解を深めたりしていただける機会を提供することを目的としています。
2023年から年4回ほどのペースで実施しており、今まで計7回開催で35組織(1回につき5組織)が参加しました。ありがたいことに今年は50組織から「ぜひ参加したい」と手が挙がっており、患者中心という価値観が浸透してきている感触を持っています。
PHARMONY ONEでは、患者さんと社員が輪になっていろいろな課題や解決策について話し合うワークショップを行っています。参加した社員からは「闘病中『毎朝目が覚めて生きているだけで幸せを感じる』という言葉が印象深かった。患者さんの生きる希望を絶えさせない医薬品をこれからも創っていきたい。」という声や、患者さんと直接会える機会がない部署からは「今回の体験を通じて、具体的に患者さんの顔を思い浮かべることができるようになり、そのことが日々の業務で壁にぶち当たった時に背中を押してくれると思う。」といったポジティブな声が挙がっています。
患者さんからは「社員の方が患者に対して真摯に私事として考えている姿に感服した。」といったお声をいただいています。製薬業界は、患者さんとの距離がつい最近まで少し遠かった印象です。しかし、患者さんからのこうした声を聞くことは「当社として」という枠組みを超えて「業界の一員として」非常に嬉しく思いました。
おわりに~患者団体と一緒に取組みたいこと~
私たちは患者団体や患者さんをパートナーとして捉えています。これは患者さんのために我々が取組みを進めているという意味合いもありますが、患者さんと一緒に取組んでいる思いもあります。患者さんが抱える課題を解決するため私たちもパートナーになり、一緒に協働を進めていきたいと考えています。
我々が目指す姿は一人ひとりが最適な治療を選択できる医療です。本日のセミナーにご参加の皆さんと一緒に取組んでいかなければ解決できない課題も多々あるかと思いますので、ぜひ一緒に社会課題を解決できればと考えています。
質疑応答(一部抜粋)
Q.PCSからPELに改名した際の大きな変化のひとつが、「社内のあらゆる部署を巻きこんでいく」点かとお話を伺って感じました。そもそも社内のステークホルダーの調整だけでも大変だと拝察しますが、さらに社内の関係部署との調整にもさぞかし多くのご苦労があったのではと思います。この変化の過程で大変だったことや乗り越えてきたことなどについてお聞かせください。
山瀬:2019年に患者中心の価値観を立てて以降、PCSの設置やCEOダイアログなどを行うなかで、社内の各部署で気運が徐々に醸成されていき、年間で96もの患者団体との協働企画が挙がるようになりました。ただ、企画してすぐに実行・対応できるものではないですし、患者さん側のスケジュールや今まで経験したことのないことを行う場合のご負担などを考慮すると、ご理解を得るための調整にも時間が必要でした。
またコンプライアンス面も大きな課題でした。そもそも一般消費材と違って製薬業界では患者さんとの間に距離があった理由のひとつに、生命関連製品は直接プロモーションをできない点があります。ありとあらゆる部署が動く際には会社として自信を持って対応できないといけませんから、PELが同席して適宜対応できるようにしていました。
Q.社内で活動を推進する際は従業員ごとに温度差があると推察します。特に中間管理職に関して、従業員の温度差を埋めるために行っていることはありますか?
山瀬:中間管理職は上司と、業務の実務者である部下との間で目の前の仕事にあくせくするなかで、もともと持っていた患者さんへの思いを自分事化することが難しい時期という印象を持っています。そういう点も踏まえてPHARMONY ONEでは、中間管理職のような、業界に入った当初抱いていた思いから少し離れてしまった方を参加者に入れてほしいと実はお願いしています。実際に中間管理職で参加した社員からは「ぜひ持ち帰って部内に広げたい、またこの会に参加したい。」といった感想をもらったこともあります。もちろんまだ途上だとは思いますが、患者さんと直接会うと社員のマインドが変わることを日々実感しています。
Q.患者中心の取組みによる事業(研究、開発、販売などへの取組み)への影響について、効果確認・評価などをされていますか? もし事例がありましたら教えてください。
山瀬:先ほど少し触れましたが、研究開発のより早期から取組みが必要ということですが、例えば研究の中で患者さんの声から気づけたニーズがありました。これは医療者から聞いていたニーズとは少し違うもので、そういったところを、例えば製品のTPP(target product profile)に反映できないかという話はしています。
ただ、現時点ではビジネスの利益に深く結びつけて活動してはいません。患者さんにとって本当にいいものを届けるために、どのような製剤を開発すればいいのか、どのような文書が患者さんにとって見やすいのかなどに主眼を置いています。最終的にマーケットに出たときに患者さんから支持されれば利益に結びついたとみなされますが、現時点でこの取組みの効果を結びつけて考えているかと言われると、そこまでは行っていないというのが正直なところです。
Q.御社の取組みが画期的な理由・背景を伺いたいです。患者さんをユーザーと置き換えれば、ボイス・オブ・カスタマーである患者さんの声を経営や製品開発に反映していくことは、一般的に事業活動として当たり前のプロセスのように感じますが、製薬業界独特の特殊性などがあるのでしょうか?
山瀬:まさにそのとおりで、一般消費財では当たり前のことです。例えば食品であれば味がいい・悪いといったことについて最終消費者である顧客に話を伺うことは通常のプロセスでしょう。ただ、これも少し触れさせていただいたとおり我々は生命関連商材・製品を扱っていますので、「我々がプロモーションして患者さんに間違ったものを選んでもらってはいけない」ということで、規制上なかなか患者さんと接点を持つ機会がなかった、もしくは企業として避けていた面が多かったのではないかと思っています。どちらかというとドクターにだけ目を向けていた時代も長かったのではと感じています。コンプライアンス面の規制を整えたり、厚労省の方々にも相談したりしながら、問題ないと判断された範囲の中で自分たちが胸を張って活動できるのであれば、私たちは舵を切っていいと判断し、他の消費財では当たり前になっている活動を現在進めている認識です。
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