株式会社メディウィルは、ファイザー株式会社の東郷香苗氏を講師に招いたオンラインセミナー「ファイザー社が取り組むリアルワールドデータ(RWD)の活用事例を踏まえた未来」を2026年2月25日に開催しました。本記事では当日の講演の一部を編集してご紹介します。
目次
1.製薬企業が利用するリアルワールドデータ(RWD)
RWDの定義・製薬企業によるRWDの活用
RWDの定義は様々ですが、基本的には「よくコントロールされた従来の無作為化比較試験ではない、日常的に得られる健康に関するデータ」と定義されています。RWDには病院の電子カルテ、ウェアラブル、コネクテッドデバイス、保険請求、レセプトデータ、レジストリデータなどがあります。
製薬企業は、開発の早期から市販後までの様々な場面でRWDを活用しています。活用される代表的な場面は、以下の通りです。
- 医薬品の開発計画
- 臨床試験
- 承認申請
- 市販後の安全性監視
- ライフサイクルマネジメント
また、(RWDの活用によって導き出される)疫学データ、疾病負荷、治療・診断実態などは自社の医薬品とは直接関係ないものの医薬品の価値に関わる重要なデータで、市販後に生じる有用性や治療コンプライアンス、医薬品そのもののデータも含まれます。
RWIとRWE
RWDを用いた分析を通して生み出されるものに、「リアルワールドインサイト(Real World Insight、RWI)」と「リアルワールドエビデンス(Real World Evidence、RWE)」があります。
両者の違いが厳密に定義されているわけではありませんが、私がよく聞く使い方として、RWIは通常社内の意思決定に使われる情報で意思決定の精度を高めるもの(例:市場規模の推定)と位置づけられています。一方、RWEは主に研究によって生み出されるもので、研究の手順を踏み、計画の段階で臨床・疫学・統計学的な妥当性を担保し、ピアレビューされた論文発表などのパブリケーションを満たしたものが該当します。
代表的なRWD

製薬企業がデータベース(DB)として利用している代表的なRWDを紹介します。
(各々のメリット、デメリットは画像1を参照)
- レセプトやDPCデータ、会計データなどの「医療管理データ」
- 処方箋や薬局でのカウンセリングデータなどの「保険(調剤)薬局データ」
- 医療機関の電子カルテなどの「電子健康記録」
- 医師などが研究の目的をベースに集める「レジストリデータ」
保険診療とRWD

保険診療のプロセスで、RWDが発生する場面を考えます(画像2)。まず、患者さんは病院やクリニック、調剤薬局の保険診療科でサービスを受けると、その診療報酬が審査支払機関に請求されます。ここで、RWDとなるレセプトが発生します。さらに、審査支払機関から保険組合などの医療保険者にレセプトが送られ、それに応じて支払がされます。医療保険者や支払機関に貯められたレセプトが、DBとして利用されます。
また、医療機関からはレセプト以外にも電子カルテなどのデータがDBとして活用されていますし、医療保険者が保険事業として組合員に行う健康関連のプログラムでもデータが発生します。

日本薬剤疫学会は毎年DBの調査をしており、昨年の調査結果として、33の民間、アカデミア、そして公的なDBが学会ホームページに公開されています(日本薬剤疫学会 健康・医療情報データベース活用委員会. 日本における臨床疫学・薬剤疫学に応用可能なデータベース調査 )。その調査結果を画像2の図に当てはめてみると、かなり多くのDBの存在を認識できます(画像3)。
たとえば、民間のDBは医療保険者(健康保険組合)に貯められたレセプトや、病院・クリニックの診療データを使ったものが多くみられます。そして、審査支払機関に集積されたレセプトデータを活用したNDB(匿名医療保険等関連情報データベース)もあります。NDBは公的であるためデータの利用は審査や手続きが複雑で大変ですが、集計された統計情報はオープンデータとしてWEBで公開されており、誰でも利用することができます。
RWDのリミテーションと適した利用場面
「いろいろあるDBの中からどのDBを選べば良いか」については、それぞれの強みとリミテーション(制約、限界)を理解し、RWDで解決したいビジネス課題に合わせることが重要です。たとえば、同じレセプトのDBでも健康保険組合から集められたDBと、医療機関から集められたDBでは特性が大きく異なります。健康保険組合のDB(①)は組合に加入しているほぼ全ての医療施設のレセプトが集まりますが、医療機関ベースのDB(②)はその医療施設のデータレセプトしか集まらないため、患者さんが転院したりすると追跡できません。そのためペイシェントジャーニーや疾患のイベントを長期で見る場合は、①が適しています。
一方で①は75歳以上の後期高齢者のレセプトがないため、高齢者の分析をしたい場合は②が適しています。また、①は契約する健康保険組合の台帳によって分母が分かるので、日本人集団の罹患率の推定にも役立ちます。それぞれのDBには追加で集めている特有のデータもあります。
RWEの強みとリミテーション
RWDから作られるRWEにも、様々なアドバンテージとリミテーションがあります。アドバンテージは現実社会に即したデータであること、二次利用データの場合データ収集のコストが小さく時間も短縮できるため結果も早く得られることです。また、様々な種類のDBがあり、様々な目的で利用できます。
一方でリミテーションも多く、無作為化臨床試験と比べるとバイアスや交絡が多いこと、治療のコンプライアンスが臨床試験のようには高くないこと、データの質が低かったり既にあるデータの解析だと恣意的になりやすかったりするなどいろいろ挙げられます。ただし、RWDが役に立たないわけではもちろんなく、リミテーションを良く理解し明確に示した上で結果を活用することが重要と考えています。
医薬品を取り巻く環境とRWD
デジタル化で利用できるデータが増えたことが、RWDの利用が盛んになってきた要因の中で最も大きいですが、医薬品を取り巻く環境の変化も影響していると思います。
環境の変化の一つに、医薬品の多面的な評価がより重要になっていることが挙げられます。以前は臨床試験で得られる安全性と有効性の結果が大きなウエイトを占めていましたが、今はリアルワールドでの安全性や有効性、疾病負荷、アンメットニーズ、費用対効果や社会的なインパクト、患者さんや医療従事者の声など、様々な視点から医薬品の価値やベネフィット評価が求められるようになっています。そのため、RWDのような多様なデータソースのニーズが高まっていると思います。
また、他の要因としては、治療のターゲットとなる患者層の細分化の進行、頻繁な薬価改定、医療技術評価(HTA,Health Technology Assessment)の導入などによる市場の予見性の複雑化、さらに希少疾患やがん領域であっても医薬品開発と市場は非常に競合的な状況であることなどが考えられます。
このような複雑な状況下では、より精度の高いカスタマイズした分析が必要となります。たとえば肺がんはメジャーな癌腫ですが、実際に医薬品のターゲットとなるのは非小細胞肺がんで進行・再発がんであり、あるバイオマーカーが陽性で、さらに二次治療の対象となるタイプです。そうすると、肺がんという大きな集団の中の本当にごく一部のポピュレーションがターゲットとなります。小さいポピュレーションをきちんと推定するには、個々の患者さんのデータまで遡れるRWDが必要となります。
2.製薬企業によるRWD活用事例

私たちはビジネスの課題に取り組む際、様々な仮説を立てています。その仮説のもっともらしさをRWDから示すことで、課題に対するアクション(何を行うのか)の意思決定につなげられます(画像4)。
(画像4の上から)3つ目はターゲット・トライアル・エミュレーション(target trial emulation)とも呼ばれていて、ここ数年で注目されています。
3.RWD×AIの活用
期待される3つの効果
私たち製薬企業が目指しているのは、AI開発そのものではなく膨大な電子カルテから薬物治療効果を効果的に抽出することです。AIモデルだけで完全を目指す必要はなく、柔軟にAIと人を組み合わせることで大きなメリットが生まれると考えています。
電子カルテへの記録自体も進化していて、音声入力で記録したデータをAIが構造化する技術が既に医療現場で実用化され始めています。診療情報が手で入力されている現在の状況から、音声や動画の活用によって医療従事者の負担が増えることなく膨大な医療情報が収集される状況に向上できれば、私たちが二次的に利用できるRWDの世界も大きく変わってくるでしょう。
RWDとAIモデルを利用することで、大きくは3つの効果があると思います。
【期待される3つの効果】
- より早くRWE/RWIを提供できるようになること
- より個別化したRWE/RWIを提供できること
- これまで実現できなかったRWE/RWIを創出できるようになること
今後、RWDの分野でもAI活用の機会はますます増えていくと考えています。
4.RWDに関わる政策の動向
RWDに関わる法律及び構想
特定の疾患のAIモデルを開発した際に利用されるデータは、「次世代医療基盤法」(2018年施行、2024年改正)に基づいて構築されたDBを用いていることがあります。この法律は、医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関するもので、個人情報保護法の特例法と言えます。この法律によって、国から認定された作成事業者が顕名のままカルテなどの個々人の医療情報を収集すること、作成事業者が収集した匿名加工または仮名加工し製薬企業を含む第三者に提供すること、提供された第三者が研究開発でそれらの情報を利用することが認められています。
また、厚生労働省は現在「全国医療情報プラットフォーム」の構築を進めています。これは医療機関の診療情報から介護、自治体の情報、そしてNBDといった公的DB、さらにはパーソナルヘルスレコード(Personal Health Record,PHR)までを繋げるという構想です。この構想は長年検討されていた中、2022年に「医療DX令和ビジョン2030」で公開されており、データの二次利用も含まれています。2028年には一部スタートを目指していると聞いています。
RWDの選択肢は増加傾向

今後のRWDの活用を考える上で、こうした様々な法整備がされて環境も整ってきて、国内で利用できるRWDの種類が増えていることは重要なポイントとなります(画像5)。
データのソースについてはDBの種類が増えてきて、さらに構造化データだけではなくテキストなどの非構造化データの利用も広がっています。そして、DBを活用するプラットフォームも、これまでは民間のDBやレジストリを活用していましたが、公的DBや、医療機関のネットワーク、次世代医療基盤法、(今後リリース予定の)全国医療情報プラットフォームなどいろいろな選択肢が増えています。
さらにデータの加工も、個人情報保護法で定められている匿名加工情報がセキュリティの観点から利用しやすく良く使われている中、仮名加工情報というデータも追加されています。これは1項目だけで個人を識別できてしまう情報(個人識別子)だけを削除したもので、匿名加工情報よりも高いセキュリティが求められます。他にも、同意を本人から取得した非加工データなどいろいろな選択肢があります。
DB、プラットフォーム、データ加工3つのどの組み合わせがベストかは、データの利用目的に対する適切性、利用しやすい環境、スピード、コストなどに応じて検討することが重要です。そのため、選択肢が広がりつつあることは、私たち利用者にとって大変喜ばしいことです。
さらに一歩進んだRWDへ
私たち製薬企業にとって、一人の患者さんを発症から予後まで追跡できるデータは理想です。まず患者さんには何らかの症状が出て、病院に行って検査して、医師による診断がされてその後治療を受け、治療後を不自由なく生活できているのかもしくは何か病気が再発していないか、入院したり亡くなられたりしていないかといった最終的なアウトカムまできちんと評価したいところです。
一つのDBでは追えなくても、先ほど紹介したような複数のDBを連結することで可能になると思います。日本の法整備はその方向に進んでいると考えており、まだ時間はかかるものの注意深く見守る必要があるでしょう。
おわりに
本日はRWDにより、様々な仮説をデータに基づいて評価できることをご紹介しました。RWEによって精度の高い意思決定ができるようになると思います。
また、RWDはよりサイズが大きく多彩なデータ項目が得られるようになりつつあるので、RWDの環境整備・法整備の更なる進化が期待されます。
さらに、RWDを活かすためのAIも進化しています。近い将来、RWDとAIで人が想像できないような、もしくはすぐには理解できないレベルの洞察・見解が出てくると思います。ただし、意思決定の最終責任は私たちにあるので、今すぐのRWDの活用はもちろん、長期的な視点で今後のRWD活用の戦略を持つことが重要と考えています。
最後に一つご紹介させてください。私が活動している日本製薬工業協会では、一般の方々に医療データの利活用の意義を理解していただくことが重要と考えており、一般の方々向けに動画やeBOOK用語集などを作成して公開しています。こちらの動画は協会ホームページから閲覧・ダウンロードできますので、ぜひご活用ください。
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